A君の一周忌(11月27日)を待っていたかのように、新潟の中学生が自殺。ある識者はセンセーショナルに扱ったマスコミの姿勢にも一因があると断じた。タイミングがよすぎる。自殺をあおる結果になったという指摘は否定はできない。
翌日、両親のOKも出てA君の実名報道に。遺書の全文も送ってきた。さて、どう扱うか。デスク会議で議論の末、第二社会面のトップで落ち着く。結果は他紙も似たような扱いではあった。
お父さんの話では、手のかからぬいい子。はた目には明るいスポーツマン。でもいじめられ、「ぼくがぎせいになります」と、お気に入りのバスケットリングで首をくくった。
きっかけは、いやになるくらいささいだ。遊びに来た友達が、A君の妹を泣かせた。「もう来るな」と父親にしかられた次の日から「無視」が始まった。事件後のアンケートでは、周りの子もいじめに気付いていたという。
子どもたちは病んでいる。訴えている。みんなで考えるべき問題。新聞が無視するわけにはいかない。記事の中身、扱い、見出しのすべてに慎重を期した上で、提起して行くべきと思う。それにしても「中学生諸君、頼むから死ぬな」。
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